イタイ哉、立命館大学。

2008-05-23 (Fri) 19:48[ 編集 ]

立命館大学の生命科学部が今春開学した。
大学に薬学部を設け、それを布石として
将来の医学部開設をも視野に入れた
アジア向け総合大学への第一歩かと思わせられた。


しかし、定員の1.48倍上回る生徒が入学した。
そこで話は終わらなかった。
入学定員の1.4倍を超えると国から補助金が下りない。
そこであわてた大学側は何と、とんでもない手に打って出る。
定員25人の特別転籍(転部)を実施したのだ。
無試験で好きな学部にいける。
理系・文系問わず、偏差値も何も問わず、
とにかく、「補助金のために移ってくれ」というわけだ。


結局、転部を申し出たのは8人だけで1.4倍を超えてしまった。
補助金1億円を失い、
何より、世間の信用を失った。


真摯に学問に向き合おうという生徒の心を
大学自らが蹂躙したのだ。
この少子化の時代、大学の経営が大変なのはよく解る。
しかし、人間は頭数ではない。
特に最高学府で後先見ずに「頭数政策」がとられたとなると
今後のこの国の教育自体を危ぶまざるをえない。


かつて僕は立命館で信じられない光景を目の当たりにした。
前期試験の最中、一人の生徒が試験に連れ出された。
カンニングかよ。と気にもとめなかったが、
翌日の掲示板にその生徒の退学が張り出されていたのである。
たしかに入学時に「不正」は許さない。
と再三にわたり言われていたのだが、
まさか退学までとは思わなかった。


25年前の光景だ。
その時の僕には大学の強硬な姿勢は理解できなかった。
ところがある掲示の言葉とそれに連なる歴史で
すぐにその「意味」が解った。


歴史とは「滝川事件」である。
言論の自由を封殺された京都大学の教授達が
抵抗の末、京大を首になりその後、
立命館で「自由と民主主義」を戦うことになる。


その教授の中後に立命館の総長となり
多くの学生、職員に影響を与え続けた
末川博がいたのである。


掲額された言葉にはこうあった。


法の理念は正義であり、
法の目的は平和である。
だが
その実践は社会悪と闘う闘争である。


今こそ、この言葉の意味を大学関係者はかみしめるべきだ。
かつて立命館にあった、
ださくて堅いが、
真なるもの
善なるもの
美なるもの
を逞しく求める野生の貌を思い出して欲しい。


今、こういう時代だからこそ
立命の歴史が生きるはずだ。

かく言う僕も。。。色々考えさせられる今回の「事件」であった。

 

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