新型インフルエンザ。

2009-11-13 (Fri) 22:39[ 編集 ]
末娘がA型インフルエンザに罹患した。
おそらく新型でしょう、との診断。


水曜日午前中に38度の発熱。
最低12時間はインフルエンザの診断も出ず、タミフルも処方されないとのことで
その日、夕方6時過ぎにクリニックへ。
検査結果は陰性とのこと。
明日、まだ熱が続けば来院して再検査してほしい。


医者の言葉にもどかしさを覚えつつも
翌朝。
当然、高熱の娘を連れて確定診断を得る。


期待通り「タミフル」を処方してもらい、有り難く服用させる。
その日、夕刻。
長女の通う学級のお母様より、テルあり「明日から学校閉鎖です」
続いて次女のところは学級閉鎖の連絡。


先日、運動会の徒競争。
青色クラスで応援の先生が多かったのを思い出す。


翌日、つまりは今日の事に相成るわけで。


僕は朝から三人娘を相手に七転八倒、の態。
感染させないように、やれマスクをつけろ。手を洗え。
と怒鳴ってはみるものの
看病したいお姉ちゃんのいじらしさを見ていると
勢いも削がれてしまう。


末の娘の熱も下がり、普段の勇ましくさもとりもどせたようで
彼らの好きにさせていた。


マスクは後頭部に翻り、
面前で平気のくしゃみ。


挙句の果ては
三者入り乱れての紙吹雪。


これで感染しなかったら奇跡だ。
とヤケッパチのオプティミストよろしく
僕は途方に暮れる。


夕方、娘が僕に抱っこをせがむので
抱きかかえると
体が熱い。


39度。


ウイルスは見えない。


軽く済む子供もいると聞く。
どうにかわが子もそうあってほしい。


願って、腕枕した吾子の額に口づけする。
僕にうつって治るなら。
そんなことを考えても
長女・次女、もしかしたら妻にまで
今まさにこの瞬間、ウィルスが増殖しているやも。


感傷に暮れる暇なく、現実に引き戻される。


願うことしか僕にはできない。


それでも4人分のウィルスをこの身に引き受けて
それでも僕は
生き延びる自信があるぞ。


こんな形で考えたり、書いたりして
まわりが静かになればなるほど
僕の不安は増幅する。
目に見えない者たちへ
「どうにかお願い。。。」


そう、願うことしか僕にはできない。


うううう


石田徹也

2009-10-31 (Sat) 01:11[ 編集 ]

愉快な出会いだ。


ふとつけたテレビに映ったのが石田徹也という人の作品で
彼はすでに冥界の人であり、
ただただ、圧倒的なのである。


言葉にしたい衝動をひたすら抑えて
ぐぐってみると出るわ、出るわ。


5分も眺めればかの人の作りだした世界の虜になる。


即、アマゾンにて遺作集購入。
九龍堂という書店で2冊目ゲット。
月刊誌「美術の窓」2008年11月号購入。
【特集】石田徹也―「僕らの現実」を描き続けて去った人


早く、早く。
早く、まずは、眺めよう。


それから、考えよう。

 

 

 

 

 

1と0の往復という1日

2009-10-28 (Wed) 16:52[ 編集 ]

一体、いつの時点で数に鈍感になったのだろうか。
阪神淡路大震災に接して、報道から流される犠牲者の数のことである。


今は、YouhTubeで当時を追体験できる。
発生から2時間ほどして、ヘリコプターからの撮影中
明石で3名亡くなったことが初めて伝えられる。
火災の白煙・黒煙、赤い炎、そして阪神電車の脱線転覆の様子が映し出され、
国民にカウンターが与えられる。
無論、僕にも。


僕には、いや多くの国民にとって
カウンターは不要だったはずだ。


数に還元できない「歴史ある命」のついえは
認識の主体である「私」が死することと同じなのであり、
だからこその、数え上げのためらいなのである。


なら、その時僕はどう事態に対していたのか。


1、0、1、0、、、と1と0との間の往来のけだるさを
次の1に向かうてくてく歩く、遥か遠い重い距離こそが
人間の「頭数」として認識されていたのだと思う。
それは
1、2、3、、、と機械的に数えられる統計では決して、ない。


ところが報道は視点の変換を強いてくる。


9時10分。神戸、生田神社の社殿の倒壊が映し出された。
僕の手がかつて触れた、僕の感情の一部をなす建物である。
それが倒壊している。
もはや僕は、冷静ではなくなった。
個人的な感情が惹起されるのと並行して
もはや数は人間的ではなくなった。
僕はおそらく、その時にカウンターを手にしたと思う。


「この地震で阪神間のあちこちで走行中の電車の脱線、、、」
「阪急の伊丹駅では駅舎の半分が倒壊」
「西宮大橋が崩れ落ちました」
「建物の下敷きになっている方が351人いて多数の行方不明者が出ている模様です」



「9人の方が今回の地震で亡くなりました」


バックの映像は無数の鉄筋をむき出しにして崩れ落ちた高速道であり
その高架の下をおそるおそる走行する乗用車である。


「110番や119番が不通になっており被害が拡大している模様」



もうためらいはない。
数え上げられる「頭数」は統計の中に埋没していく。


数は加速度的に増え続け
大きな数の塊が歴史の一部となっていく。
昔のこととなっていく。


死者:6,434名
行方不明者:3名
負傷者:43,792名


これが、カウンターによる統計である。



でも、その一人に「僕」はいた。


たまたま今、生きている僕は
0から1への往復を
その重さと次の1への遠さを
生々しく生きていく。


それが僕の1日であり、
生き方の形であり、
年齢という便宜である。


そして
それは
統計への反逆でもある。

 

手紙

2009-10-15 (Thu) 00:46[ 編集 ]
先日、二日がかりで掃除をした。
この仕事をしてから二十年間、溜め込んでた紙資料やら
テキストやら。

「そのうちつかうだろう」の類は、ことごとく捨てた。


ためらったのは、手紙だ。


何か、送った人を抹消するようで気が引けたが、今のその人にとって、
恐らく存在すら忘れられたもので、
過去を振り返る縁(よすが)にさえならない。

本人は見ようがないんだから。

なら、本人に返そうか。
でも、困惑するだろうなあ。

たとえ過去の遺物にせよ、行為は現在なのだから、
そこに、新たな意味と関係が生ずる。


次の僕のアクセスを良かれ悪しかれ期待する事態に発展して、
相手の感情のうごめきがかの現実の生活に影響をおよぼす。
とも考えられる。


「真意は何処にぞある?」
考えればきりがない。



結局、僕は捨てた。


残すために捨てた。
逆説だが、
捨てることによって残るとも言える。
それが未来に生きるということだろう。



時は流れ去る。
川の流れがそうであるように、
今が、下流の過去へと留まることなく流れ去る。


そんな当たり前に、しかし、


なぜか
川面の僕は
流れ去ることなく、
微動だにせず留まっている。


時は流れる。
僕は留まる。


僕の時の流れは、
現実の中にはない。


そうさ、
たとえば「手紙」にあったりするわけさ。
過去のよすがが
いやおうなく僕に
時の流れを示してくる。


だいぶ流され、流されして
はじめて知る「僕の時」だ。


そんなことを繰り返して、
この流れの行き着く先に何があるかを
知ることになる。


静かに、「そこ」に向かって
僕の時が動き出す。


やはり流れを実感することはないが
ふと終着に向かっていることを
思考する。


そうすると今への執着がより強くなり
今そのものに何のしがらみもなく
没頭することになる。



僕の今も
僕の未来も

そうやって
過去へと流れていった
多くの事どもに支えられて
より強く実感できる。


僕も人さまに、そんな風に
思われてたら、ありがたい。





まがり

2009-09-15 (Tue) 16:12[ 編集 ]

ふと思い出す風景がある。
今から40年ほど前
名護市街に入る手前8キロほどの海岸道路だ。

当時、我が家には家族全員で遠出する習慣が無かった。
身体の弱い父には免許も無く、車も無い。
必然的に移動範囲が限られてくる。
名護、やんばるなんて余程の行事でもない限り
行くことはなかった。

その時は祖母に手を引かれて
バスでの遠出だった。

窓際に座らされ、すぐにおにぎりが振舞われる。
食の細かった僕には、ゆれる車中の人いきれの中では
無茶な運動だ。
根負けしない祖母のたちを知ってか
僕は必死に口を動かした。

そんな日常を飲み込んで
異空間が待ち受けている。
やんばるの入り口だ。

海岸線を縫って細い道が続く。
迫る山肌と、落ちる海岸に挟まれてバスは地形に従順に走る。
曲がりに対してあまりに不自然な縦長のバスは
そのスピードもあいまって
突先が海岸べりに飛び出し、かろうじてタイヤで残る
という曲芸じみたこともたびたびだ。

運転手は慣れも手伝ってか、
これでもかといわんばかりのコーナーの入りで
われわれを恐怖に突き落とす。
心なしか車中に静けさが広がっていく。
生殺与奪の権に酔っていたのだろうか。
幼心に僕は決して感謝などしなかった。

これが「名護七曲(ななまがり)」である。

今は埋め立てられ直線道に取って代わられたが
ところどころ昔の海岸線と旧道の面影が残っている。



死は隠蔽されている。
かつて曲がっていたその道に
死は剥き出しであった。
直によって、安・近・短がもたらされる。
と同時に
備えに鈍感になった。

そこここに、死が隠れているのに
われわれは、不安を飼い慣らすシステムを作り上げ
安心の中に潜行する死に、全くもって無関心である。

あらゆる自然の造詣に直線はない。
曲がりの中に、本質というそのもの、がある。

直の中に曲がりを見い出せたとき
人生は楽しむに値するものとなる。

そこで 
死を引きずり、引きずりして
生が
鈍い輝きを伴い、「どうっ」と
私の前に立ち現われてくる。